『弟子から見たショパン』の作り方



弟子から見たショパン
一昔前、ジャン=ジャック・エーゲルディンゲル教授の『弟子から見たショパン』という本が音楽之友社から出版されていました。世界的に評価を受けているこの本ですが、現在日本では絶版になっています。この本を読むためには古書を探すか図書館で借りるしかありませんが、古書に関してはめったに見かけることはなく、たまに出ていても高値がついていたりします。インターネットの世界ではオンデマンド本を作るために投票制で購入希望者を募るというサイトもあり、検索して見てみるとエーゲルディンゲル教授のこの本は、数あるショパン本の中でも異例の人気を博していることが分かります。ただ、投票数がある程度集まらないと出版社との交渉も行われないため復刊までの道のりはかなり険しいようです。
待っていても出ない。探しても見つからない。なら作っちゃえということで、今回は「簡単レシピ・エーゲルディンゲル教授の『弟子から見たショパン』の作り方」をご紹介したいと思います。この本を買い逃してしまったけど、どうしても読んでみたい!という方は、とりあえずこの方法で間に合わせてみてはいかがでしょうか。

1.下準備

まず下地作りとして骨組みを理解しましょう。全体の構成は以下の通りです。

・第一部 技法と様式
・第二部 作品の解釈
・弟子のリスト
・付録 I ショパンのピアノ奏法草稿
・付録 II ショパンの書き込みのある楽譜(まとめ)
・付録 III ショパンの書き込みのある作品(部分)
・付録 IV 同時代の人々が据えた、ショパン演奏

では、この骨組みに沿って各材料を調理していきましょう。

2.ショパンの草稿を用意する

コルトー/ショパン ショパンが書いたピアノ奏法に関する教本の草稿は『弟子から見たショパン』に付録として収録され、全編に渡って引用されています。この草稿の成立過程は大体次の通りです。
まず、ショパンの死後に姉のルドヴィカが原稿を清書。それをショパンの弟子だったチャトルイスカ公爵夫人に寄贈。チャトルイスカ公爵夫人は同郷の女流ピアニスト、ナタリア・ヤノタに遺贈。女流ピアニストが亡くなった後アルフレッド・コルトーがお買い上げ。コルトーの死後、ニューヨークのピヤポント・モーガン図書館に委託。世界中に散逸している原本やコピーをエーゲルディンゲル教授がまとめて93年に出版しています。(Eigeldinger.J.-J.,Esquisses pour une méthode de piano,Paris: Flammarion.1993.)
さて、このピアノ教本の草稿は『弟子から見たショパン』でしか読めないかというとそうではありません。コルトーも自分の著書の中で全文を紹介しており河上徹太郎さんの翻訳で過去に何度も出版されています。新潮社の文庫でいえば55頁から「ショパンの原稿(全文)」として紹介されている記事がそうです。今回はこれを代わりに使っちゃいましょう。
ちなみにこの本も現在は絶版ですが、数が半端なく出てますので古書店などで探してみてください。

材料:
アルフレッド・コルトー著・河上徹太郎訳/ショパン

3.第一部と第二部は新鮮な本で

ショパンのピアニスム・パリのヴィルトゥオーゾたち 第一部は「技法の基礎」と「様式の理論」に分かれています。ショパンの書き残した草稿を中心に、多くの弟子や関係者の証言を引用する形でショパンのピアノ演奏法全般について考察されています。第二部は具体的にショパンの作品を取り上げていますが証言を引用する形式は第一部と同じです。「技法」「様式」「具体的な作品例」に関しては加藤一郎先生の『ショパンのピアニスム』でほぼ完全にカバーできます。加藤先生の本は大変読みやすく、海外の研究本に引けを取らない質の高い本です。また、上で取り上げたショパンの草稿も画像付きで紹介されています。
もっと具体的に取り上げられている弟子や関係者の言葉を知りたいというのであれば、最近ピアニストの中野真帆子さんの翻訳で出たばっかりのレンツ著『パリのヴィルトゥオーゾたち』があります。レンツの書いた回想録の初の邦訳ですが、ショパンのレッスン風景や伝記などでおなじみのエピソードも多数含まれています。これでレンツの証言部分はバッッチリですね。

材料:
加藤一郎/ショパンのピアニスム
ヴィルヘルム・フォン・レンツ/パリのヴィルトゥオーゾたち

4.弟子のリストは簡単にチン!

ショパンをひく 『弟子から〜』というだけにショパンの弟子に関する解説は大変充実していますが、名前の数だけでいえばジェームズ・メスエン=キャンベル著の『ショパンをひく』も負けていません。このリストから逆に一人一人について調べてみるのも面白いかもしれませんね。この本はちょっと入手しにくいかもしれませんが、お近くの楽器店か出版社に直接問い合わせてみてください。

材料:
ジェームズ・メスエン=キャンベル/ショパンをひく

5.証言集は他にもある

ピアニスト・ショパン 「付録 IV」に収められている同時代の人々のショパン演奏に関する証言はウィリアム・アトウッドの書いた『ピアニスト・ショパン』の下巻にも詳しくまとめられています。この本は演奏会の曲目から当時の評論まで、ショパンの演奏に関する文書で残る証言を網羅しています。他にも作曲家の証言であればシューマンやリスト、深く関わりのあったサンドやドラクロワの本もありますがここでは割愛します。

材料:
ウィリアム・アトウッド/ピアニスト・ショパン

6.読めるものなら何でも利用

パデレフスキ版・エキエル版 残りの「付録 II ショパンの書き込みのある楽譜」と「付録 III ショパンの書き込みのある作品」はこの本でしか読めないものです。だからといってあきらめることはありません。この部分では弟子や関係者の楽譜に残されたショパンの書き込みを検証していますので「どの弟子のどの楽譜に何が書いてあったか」はパデレフスキ版やエキエル版の各作品の解説で読むことも可能です。ただ、こういうものは、例えばピアノの練習をしながら疑問に直面したときに初めて効果的に学習できる部分ではないでしょうか。興味本位だけであれば特に慌てて読む必要もないと思います。

さあ、これで完成です。現在入手可能、もしくは比較的入手しやすい本で『弟子から見たショパン』を読んだのと同じくらいの情報を得られるものを作ってみました。この本は、ほとんどが引用と解説で構成されいますので、この本が〈切り取ってきた部分〉はやはり他の本から切り取ることが可能だということです。ただ同等の情報といっても、エーゲルディンゲル教授の編集方針や豊富な図版など、この本でしか読めないものも多数ありますので、読めるチャンスがあれば是非一度目を通してみてください。
いくら情報をかき集めてみても、それを自分の中でどれだけ消化できるかで得られる知識は変わってきます。他にもまだまだたくさんショパンの本はありますので、みなさんもご自分の目的にあった最良の一冊を探してみてはいかがでしょうか。

材料:
パデレフスキ版、エキエル版の楽譜


『弟子から見たショパン』について

原書は1970年に発行されて以来(この時エーゲルディンゲル教授は30歳でした)、30年以上に渡って版を重ね続けています。この、一研究家のプライベートな研究ノートともいえる膨大な資料集が発表された当時、人々に与えた衝撃は大きかったのではないのでしょうか。
ショパンが偉大な作曲家であると同時に、偉大なピアニストであったということは生前に残された評論や関係者の証言からも明らかです。「演奏する」という行為は音楽とは切りはなせませんが、それはピアノの詩人と呼ばれるショパンの場合、もっと直接的な意味を持つと思われます。即興の天才であったショパンがどのような演奏をしていたのか、今では聴くことができないだけに興味は尽きません。演奏するという行為を通じて、ショパンの残した音楽の真理に近づきたいという考えは、プロの演奏家だけの特権ではなく一般愛好家にまで広く浸透しています。エーゲルディンゲル教授の提唱してきた理念は確実に実を結び、ショパン研究の重要な礎としてこれからも末長く支持され続けていくことでしょう。

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ピアノの詩人ショパンの文献目録です。ショパンに関する書籍を著者名、出版社名、発行日、ページ数とまとめて紹介しています。また海外の珍しい古書や楽譜なども紹介しています。