魂のオデュッセイア バラード全4曲



これまでに多くの人が、ショパンのバラードを聴いて、なにかの〈物語〉を空想してきたということは、はたして偶然なのでしょうか。ショパンの音楽に何を感じ、ショパンの音楽の何がそれを感じさせるのか。その秘密を知るためにもバラードとは何かということから今回は探ってみたいと思います。

ショパンが器楽の為に「バラード」を作曲した最初の作曲家であるという話は有名です。ただ、このことをあまり強調し過ぎると、逆にバラードそのものの全体像がつかみにくくなってしまうと思います。それに、この話自体の信憑性もいかがなものなのでしょうか。

バラードの歴史は大変古く14世紀フランスにおいてGuillaume de Machaut(1304-1377)がバラード様式「バラード・ノテ(ballade notee)」を完成させたとされています。このマショもそうですが、今日の私たちが作曲家と呼ぶ当時の芸術家たちは「作曲家兼詩人」が多く、自らの詩を歌うために作曲もしていたようです。
18世紀イギリスにおいては、それまでのアカデミー・オペラに対抗し生まれた風刺的な内容を含んだ喜歌劇「バラッド・オペラ(現在の三文オペラにあたる)」が流行しました。「バラッド・オペラ」はその後ドイツへと渡りジュングシュピールへと発展し、モーツァルトのオペラへとつながっていきます。一方、ドイツにおいてはシューベルトと同様、カール・レーヴェ(1796-1869)がバラード(歌曲)を多数残しています。
ショパン以外にバラードを残した作曲家はショパンの生まれた国、ポーランドだけでも現代までに20人近くもおり、そのほとんどが歌曲またはオペラの中の一曲という形式をとっています。ショパンの作品に霊感を与えたと言われているミツキェヴィチの詩が好まれて用いられているようです。その中で、最も重要と思われる人物は、ショパンと同時代に活躍したMoniuszko Stanislaw (1819-1872)があげられるでしょう。モニューシュコは日本ではあまり知られていませんが、ポーランドにおいてはショパンと並びポーランド国民楽派の一人として名高く、大変多くの作品を残しています。モニューシュコの残したバラードも歌曲またはオペラの中の一曲という形式をとっています。このモニューシュコについては平岩理恵さんという方が専門的に研究されています。

このように見渡してみると、ヨーロッパの音楽文化の中で成熟し、変化していったバラードというひとつのジャンルの姿が見えてくるかと思います。ショパンが器楽の為のバラードを考えだしたというよりも、歌から器楽曲へと変化してゆく過程においてショパンが大きく携わったのだと考えた方が正解でしょう。だからショパンはわざわざ草稿に「ピアノの為のバラード」と書き残しているのです。

ショパンは音楽の師であるエルスナーや同郷の詩人たちに「オペラを作曲するように」と言われ続けましたが、死ぬまでその期待に答える事はありませんでした。モニューシュコはポーランド語による歌曲やオペラを数多く作曲した地元の優等生のような存在であり、反対にショパンは人の言うことに耳を貸さない「反逆児」のような存在だったのではないのでしょうか。国民的作曲家になる道を選ばずに、自らの芸術家としての信念を貫き通したショパンの「反逆児精神」こそが歌詞の無いバラードを生み出した原動力だったのかもしれません。
そういった精神的な面から考えてみると、ショパンのバラードは単に詩を音楽で表現した「標題音楽」ではないということが分かります。では「絶対音楽」なのかというと、それも違います。なぜなら、ショパンのバラードは意味のない音符を、ただ単純に組み合わせたものなどではないからです。誰もがその音一つ一つに太古の詩人たちの魂を感じ、ショパンとともに魂の旅を続けています。ジョルジュ・サンドの元恋人で劇作家のマルフィユがショパンのバラードを「ポーランドのバラード」と表現したのも見逃せない記録の一つです。

全4曲の内訳:
1831年〜35年:バラード 第1番 ト短調 Op.23(1836年出版、シュレサンジェ社)
1836年〜39年:バラード 第2番 ヘ長調 Op.38(1840年出版、トルプナ社)
1840年〜41年:バラード 第3番 変イ長調 Op.47(1841年出版、シュレサンジェ社)
1842年:バラード 第4番 ヘ短調 Op.52(1843年出版、シュレサンジェ社)

バラードの小ネタ:今回のタイトルはハネカーの有名な言葉を借用しました。著書の『THE MAN AND HIS MUSIC』では「Odyssey」となっていますが、意図しているところはオデッセーではなくオデュッセイアだろうと勝手に解釈しタイトルとさせていただきました。

BALLADE POUR LE PIANO Op. 38./Breitkopf & Hartel
BALLADE POUR LE PIANO Op. 38./Breitkopf & Hartel
1841年の再版

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ピアノの詩人ショパンの文献目録です。ショパンに関する書籍を著者名、出版社名、発行日、ページ数とまとめて紹介しています。また海外の珍しい古書や楽譜なども紹介しています。