作品分析 ピアノ協奏曲全4曲



構成の全体図
まず最初に次の表を見てください。
スコア
少しでもオーケストラに詳しい人であれば、トロンボーンのパートが一人なのに疑問をもつのではないでしょうか。通常の二管編成であれば三人いるのが普通だからです。このことについてはジェラルド・エーブラハムの書いた『ショパンの様式』の中で少し触れられていますが、後にグリンカがワルシャワのオーケストラの為に書いた作品でもトロンボーンは一人しかおらず、当時ワルシャワには優れたトロンボーン奏者が一人しかいなかったのではないかという説もあるということが紹介されています。ただ、この点に関しては再考の余地があるように思われます。誤解しがちですが、モーツァルトやベートーヴェンの作品にトロンボーンが出てくるからといって、当時のオーケストラにトロンボーンが人数分標準配備されていたかというとそうではありません。19世紀初頭、ワルシャワに限らずヨーロッパ各地のオーケストラでトロンボーンが一人しかいないというのは珍しくも何ともなく、人数が足りない場合は軍楽隊から補充するのが通例でした。ワルシャワのオーケストラの場合「いい奏者がいなかった」という理由よりも他に何か別の理由があったのかもしれません。
ショパンのオーケストラの編成は極めてシンプルな二管編成で、ちょうど古典の時代からロマン派へと移り変わる過渡期に書かれた作品であるということがみてとれます。そして、こうして年代順に並べてみると、面白いことに作品毎に編成を工夫し、模索していたことが分かるかと思います。
それでは各楽器について具体的に見ていきましょう。

協奏曲ホ短調第一楽章
今回は協奏曲ホ短調の第一楽章に限定して話を進めたいと思います。曲の開始はアウフタクト、弦のフォルテではじまります。このことからこの作品の持つ舞曲的性格が冒頭で強く印象づけられるのです。ショパンの根底にあるマズール、クヤヴィアクといった2拍、3拍目にアクセントを置く舞曲の血統が冒頭主題にも脈々と受け継がれています。作品の具体的なアナリーゼは全音楽譜出版社から出ている楽譜に、小林秀雄氏によって書かれています。これだけ詳細に書かれたものは文献も含めて他にはなく、日本語で読めるものとしては恐らく最高のものですので、興味の有る方は参考にしてください。

※補足情報:BeArTonから出ている「ショパン・ナショナル・エディション・ディスク全集 Vpl.11 ピアノ協奏曲」のエキエル教授の解説によるとショパン自筆のオーケストラパートは見つかっておらず「スコアを書く仕事をある程度、ショパンが信頼する音楽家に託し、その人は決まったやりかたでトゥッティの部分やお決まりの和声的な伴奏型を補ってあげたというのは十分に考えられる」と書かれています。

フルート・オーボエ・クラリネット
この三つの楽器は冒頭主題をそれぞれの音域で分担しています。それぞれの音域の特性を生かし、フルートとオーボエをクラリネットが補助する形になっているのが分かります。各楽器のスコアだけを見ると、各自入る箇所もバラバラで変な入り方にもみえますが、この三つをセットとして考えた場合、それぞれの楽器が徐々に入ることによって(といっても僅か3小節ですが)いやがうえにも気持ちが高揚する効果を生み出しています。この後もフルートとオーボエは管楽器の主役として高音域をセットで受け持ち、クラリネットは中間補助に徹しています。

ファゴット
クラリネットと同じく音域の広いファゴットは上記セットをさらに束ねる役割を担っています。木管属、低音域の要として全編に渡って活躍するのもこのファゴットです。14小節目、上記セットからの橋渡しもファゴットが受け持ちバイオリンへとつないでいます。この辺りはピアニストであるショパンが木管属を大きく二つに分けて大譜表的に捉えているようようにもみえます。

ホルン
ホルンはE管とC管が2対指定されています。ホルンにヴァルブ装置がつけられたのは1815年頃とされていますが、この時代のワルシャワのオーケストラにヴァルブ付きホルンが採用されていたかどうかは資料が無く調べられませんでした。この時代はまだ、ナチュラル・ホルンも主流だったかと思われますが、全体的に目立つ箇所での牧歌的な雰囲気や、287小節から続く度々繰り返されるフレーズなど、用法としての音の選択はともかく、ショパンがホルンに抱いていたイメージは伝わってくるかと思います。

トランペット・ティンパニ
この二つの楽器もセットです。古典派の時代にはトランペットは打楽器と対で扱われていました。この楽章においてもトランペットはメロディーを吹くことはありません。主従関係をみるとティンパニ>トランペットで、ティンパニのリズム線の補助をトランペットがするにとどまっています。これはショパンが前時代の様式を引きずっていたというよりも、むしろ管弦楽法を教えたエルスナーの教育が厳格であったと考えるべきです。

トロンボーン
トロンボーンのパートも上記[トランペット・ティンパニ]セットと同じくリズム隊としての役割を担っています。木管3セットを束ねるファゴットのように、多少複雑な旋律線をなぞりながらリズムをしっかりと支えています。トロンボーンの用法として代表的な「コラール風」の活躍場面はありません。一人ですので。ただそれは単に人数の問題というよりはコラールという概念がプロテスタントのものであり、当時、ワルシャワではプロテスタントはまだ一部の勢力でしかなかったということの影響が大きいかと思われます。

以上、簡単にまとめると管弦楽部は大きく分けて木管属(ホルン含む)と打楽器(トロンボーン含む)、弦楽器郡のシンプルな三部から構成されていることに気付きます。それぞれの楽器は階層状に整備され、要所要所でそれぞれの持ち味を生かせるよう合理的に使用されています。よくいわれるピアノを生かすために地味になっているという話の根拠はどこにも見あたりません。
ちなみにクラリネットはC管が指定されていますが、これはこの作品の持つ軍楽的な性質を表しているようにも考えられます。この作品の初演直後に革命が起きたのも偶然ではないでしょう。通常のオケではB♭管やA管で代替されるかと思われますが、指使いが変わるだけでなく音色まで大きく変わってしまいます。近所の管楽器専門店の店主はクラリネット吹きですが、C管で吹くと音色が変わるのか尋ねたところ「とっても明るくなりますよ」と笑顔で答えてくれました。

弦楽器郡
弦楽部は第一ヴァイオリン、第二ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスの五部からなります。ほぼ全編に渡って第一ヴァイオリンが主旋律を奏し、第二ヴァイオリンとヴィオラが内声で対位法的に動くのが目立つのですが、これが上手くありません。上手くないというのは使われている音域がほぼ同じなために混ざって聴こえてしまうのです。CDなどで聴いてはこの繊細な内声部の弦の動きを追うことはほとんど不可能です。この第二ヴァイオリンとヴィオラの微妙な旋律線の絡みを生かす方法はないのでしょうか。その答えは楽器の配置に隠されています。オーケストラの配置といっても様々ですが、現代の標準的な配置はドイツ式で、舞台の向かって左(下手)から第一ヴァイオリン→第二ヴァイオリン→チェロ→ヴィオラと並び、チェロの奥にコントラバスが配置されます。ご存じのように指揮者を中心に回り込むように配置されますので、第一ヴァイオリンとヴィオラは客席側に近く、第二ヴァイオリンとチェロは奥まった位置になります。奥まった第二ヴァイオリンと手前のヴィオラの繊細な掛け合いは、一番耳に付く主旋律を奏でる第一ヴァイオリンに遮られてしまうのです。これを解決するには第二ヴァイオリンとヴィオラが上手で縦に並ぶ古典配置しかありません。この配置であれば第一ヴァイオリンと第二ヴァイオリンは左右に分離して、ヴィオラとの繊細な掛け合いも上手く聴こえるはずです。古典配置といえど戦前までは主流でしたので、ショパン自身の演奏で初演された時もこの古典配置で演奏されていたと思われます。

最期に
ショパンのピアノ協奏曲ホ短調は内輪だけを集めた私的演奏会を経て、1830年10月11日に、ワルシャワの国立劇場で正式に初演されました。これが告別演奏会になったのです。この作品には若きショパンの当時置かれていた立場や心境が赤裸々に映し出されています。第一楽章、冒頭主題に表れている舞曲的性格からは明らかに故郷への哀別の思いが感じられ、各楽器の用法・選択をみると、当時の世相を反映した革命の頌歌ともいえる内容に仕上げられています。
このことは美しい旋律だけを追ったり、ピアノの華々しい技巧的な側面だけを聴いていたのでは分かりません。しばしば、ショパンは作曲家として、または演奏家として自立するために苦手な管弦楽を伴った作品を嫌々書いたといわれますが、この説は、この作品に限ってはあてはまりません。この作品がパリで初演されたときのショパンの心境は我々が想像することもできないような様々な思いがあったかと思いますが「自分はポーランド人である」とこの歌を誇らしげに歌ったのではないかと思います。
管弦楽法が上手いとか下手とか、そういった次元の低い話はともかくとして、今後、確かな専門家によってショパンの管弦楽作品が見直される機会があれば、もっともっと沢山のことが発見されることかと思います。そういう日がいつかくることを切に祈っています。

THE PIANO CONCERTOS in Full Score,Dove
THE PIANO CONCERTOS in Full Score,Dover 1988年 ISBN0-486-25835-1
ドーバー社から出ているピアノ協奏曲集フルスコアです。1500円くらいでした。

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ピアノの詩人ショパンの文献目録です。ショパンに関する書籍を著者名、出版社名、発行日、ページ数とまとめて紹介しています。また海外の珍しい古書や楽譜なども紹介しています。